生かされて

(19日のブログUPされなかったので再度up)

 

昨日朝目覚めて、この種のものは随分と久しぶりか初めてじゃないかな、という戦慄とも不安とも後悔とも分からぬ、

いやそれらすべてをひっくるめたような暗雲が僕を包んだ。

「俺はどうしようもない馬鹿野郎じゃないか?!俺がやってることはすべて間違ってるんじゃないか?!

単なる誇大妄想狂で身の程知らずの自己中の失格人間じゃないのか?!・・・」


とてもいたたまれなくなってどうしていいかわからなくなって全部ほったらかしてどこかへ消えてしまいたくなった。


時間にして10分かそこらでしょうか。


とにかく今日は大潮だから早朝干潮時にワカメとひじきを採りにいかなきゃならん!そうだ!ついでに岩ガキも!それでも生きなきゃならん!

と、磯へ出かけワカメとひじきをしこたま採取して、

どうれ、岩ガキでも採っぺか!と巡回してまわると、

割と大きなのもあったりなんかして、

f:id:sarai-kitagiisland:20140318071634j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20140318074533j:plain

カキってのは海を浄化するなんていいます。汚い所のカキは大きく育つなんてことも聞きました。

昔は生活排水(糞尿を含む)が流れてたところはカキがよく育ってた、なんて話も聞いたことありますね。


ってことで、朝見つけた割と大きめなカキも下が一面汚泥みたいなところに転がっておりました。

まあね、そういうのを人はでかい!うまい!なんて薀蓄たれて食べてるわけなんでしょうな。

 

私も例に漏れず持って帰って、島の仙女さんから教わった仙女さん一押しのカキとさといもとごぼうの炊き込みご飯にしました。

f:id:sarai-kitagiisland:20140318122714j:plain

ごぼうはないから入れてない。さといもは仙女さんからいただきました。

これがね、磯の香りとカキのだしがすっごい利いてうまい!・・・と思ったらしょうゆを垂らすのはほんのちょっとでいいと言われてたので

ほんとにほんのちょっとすずめの涙か僕の涙程度垂らしただけだったから味があまりない。僕は濃い味好きだから、

しょうがねえので、これもある方から以前いただいたおいしい手作り味噌をチョロっとごはんに入れて食べたら、

これはもうほんと美味しい!!

ただね、カキの殻がちょこちょこ入ってましてな、それが玉に瑕なんだが・・・しかし味は絶品!

味噌汁に入れたらおいしいというのも他の島のおばちゃんから聞いてたので、次は味噌汁にでもしよう!

パスタにも入れたいな、カキフライにもできるな・・・


妄想を膨らませてると、上のK氏がやってきて「このザボン食べなよ。おいしいよ。」と近くに生えてるザボンを持ってきてくださった。

f:id:sarai-kitagiisland:20140318104254j:plain

12月か1月ころ食べたけどその時はたいしておいしいと思わなかった。

去年初めてココに来て5月頃に食べた時なんかもう実がパサパサで食えたもんじゃなかった。

しかし!ザボンは今旬なんでしょーか?!これがなかなかおいしかった!

甘夏やはっさくより上品っぽい酸味と甘さ。グレープフルーツのようでもあるがもっとパンチが効いてる感じ。

でかいので食べ応えあるし!

いやー、かんきつ類好きの僕にとっては実に喜ばしいことである!

 

そして夜はついにヤギ生クリームがある程度溜まったので例のホームベーカリーでバターを作ってみた!

そしたら!

ちゃんと出来た!真っ白いヤギ乳バター!

f:id:sarai-kitagiisland:20140318192924j:plain

 

所要時間は、270分の40分!

わかりますか!我輩の苦労してマニュアルで腕が棒のようになるまでかき回したあの4時間30分に対して文明の利器は40分で済んだって意味だす!

まあいいよ、とりあえずこれでヤギバターができるから、

あともうちょっと生クリームを取りためて10個分くらいのクロワッサンが出来るくらいのバターを作るのだ!

出来た54gの貴重なヤギバターは冷凍庫に保存!

冷凍金庫みたいのがあればそこに大切に鍵かけて保管しておきたいくらいだ!

僕はほんとに事のほかデニッシュ生地ものが大好きでインド料理とどっちか選べ!と言われたら、パニクって両方わしづかみにしてチョウチョウのようにパタパタしながらお花畑をスキップするだろう!

「アハハハアハハハ」って幸せそうに笑いながら♪


いやあなんかこりゃグルメ王国じゃわい!

 

とまあこんなことをしてたら朝の戦慄などどこかへ消え失せたように随分と身軽になった。


「悩」とは心と脳がくっついてる。考えすぎて心を見失うってことかな。

「快」とは心をあらゆることからスパっと切り離すってことかな。(快の「つくり」は刀だか切るだかの意味を持つらしい)

「悟」とは外界との出入り口である五感あるいは五体が心と全くひとつになるってことらしい。

 あんまり考えるな、ってことだな。

 

思えば我が人生、岐路に差し掛かった時必ず自然に癒され、「生かされている」という「現実」に改めて気づかされすっきりリフレッシュ&ニュートラルになれる、

という経験に支えられ今日まで生きてこれた。いや、だから「生かされてきた」。


自然に感謝。