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KUNIちゃんの遺言 Part1

一体自分はなんなんだろう?
ろくでなしの役立たずで生きてる価値もないんじゃないか・・・

というようなことを若い頃はよく思ってたかな。

歳をとるごとにだんだんそんな思いは少なくなっていったが、
ついこの間までごくたまに突然ふとそう思うことがあったかな。

そういう思いがなくなっていったのは、
振り返れば、自分で決めて自分の足で自ら行きたい方へ歩みだしてからだと思う。
いや、確実にそうだ。
流されるまま不本意に生きてると自信がなくなるから、
自分で決めて自分で動くという当たり前にできそうなこともなかなかうまくできなかったりする。
そもそも自分が何をやりたいのか?さえ分からなくなる。

でもそれも練習次第でできるようになる。

だから生きたいように生きだしてからも上記のような思いはたびたび噴出したものだ!

 

2週間くらい前にある人に僕の昔の写真を見たいと言われた。
島にはいっさいないので見せることはできなかったが、
それをきっかけに笠岡の別荘?(これから島のSARAI笠岡出張所と呼ぼうかなと思う)に出向いたときに、
久しぶりに昔の写真を引っ張り出して閲覧した。

33歳まで東京で10年近くサラリーマンしてたが、
その頃から前の写真はとても人に見せれるようなものじゃないほど、
ガキで今の自分から見るとなんの面白みもない個性も魅力もない奴に見える^^;

無理矢理世の中に合わせようとしてたんだな。

でも当時は当時で周りから見れば割と面白い個性の強い奴だったとは思うが。

 

 

東京の会社を辞めて以降、自分のやりたいことをやり始めて

(でも当時はまだ何をやりたいかはっきりしてはいなかった・・・というか迷ってただけか。田舎で自給自足は考えていた。それも山の中で)


海外をほっつき歩き出してからいい感じの姿形になっている!
確かに当時はたいてい会う人に面白い味のある男だと言われていた。(たしか、ね)
時には、「今まで会った人で一番面白い!」と言われたことだってある!(自慢)
あの頃ははじけていた!人生で一番はじけていたかもしんない!
それは今思えば、いや当時も思っていたが、
完全に自分を解放できた!と感じていたから、舞い上がっていたんだなあ。

 

僕のおふくろはちょうどその頃に亡くなりましたが、
生前は僕のことをろくでなしのように言って終始情けながっていました。
会社勤めしてた頃はそんなことはなかったですよ。
むしろ僕にいろいろ相談したり認められてた感はあったが・・・。
会社辞めた時から怒涛の罵詈雑言を浴びせられたもんです^^;
でも僕はもうそれには屈しなかった!
僕の人生だから。

で、そのおふくろが亡くなる少し前に病床で僕に言いました。
「あんた、もう好きなようにやりねえ・・・」

僕はちょっと戸惑ったけど・・・
その時本当に認められたような気がして、
今思えばそれが大きな自信につながったかもしれない。

おふくろがなくなったのはキンモクセイ香る10月初め、空はとても澄んだ青空でした。
魂の抜け殻となったおふくろの肉体が火葬場で焼かれて粉々の骨になって目の前に現れたとき、
僕は思いました。
(人間誰しもいつかはこうなる。)
そして、おふくろの言葉が再び頭の中に響きました。

「あんた、もう好きなようにやりねえ・・・」

そしてすぐにおふくろがまるで僕の恋人のように僕に寄り添っている感覚を味わいました。
それはとても暖かくて終始見守られているという・・・
それがおふくろから受けたきっと幼少の頃にも受けただろう・・・いやもっと深くて真実の愛だったかもしれません。


しかし、おふくろが亡くなった後なぜかいったん僕は(まともに普通に生きよう)と少しの間おとなしくしてたりしました。

が、やはりそのうちやむに止まれぬものが頭角を現わし、

またまた海外へ・・・


でもまだその頃だって一歩踏み出す勇気がなかったんだな。

いろいろ経験したかっただけかもしれない。

今のように島暮らしで身動きできなくなると行きたいとこへも行けないものね。
その頃に行きたいだいたいの所へ行って存分に羽を伸ばしたから
今のようなことができているんだと思う。

そして最近思う。
俺、本当よくやったな~!すげえな~!自分を充分ほめれるな~!
誰にもできないことやってるよな~!
お前はすごい!この勢いで全開で生きろ!
生命もエネルギーも力も肉体も全部残さず使い切ってきれいさっぱりあの世に行きたい!


それが僕の一番やりたい生き方なんだ。

まだまだです。