読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

島墾隊開墾日誌

昨日の島墾隊活動日誌

ヨッシー吉川くんと私2人でバックリ山登頂新ルート(「新」ではなく「旧」の再発掘、蘇生です)開墾。

金風呂方面(大浦とは反対側)からの登山道。

 

道はあるようでないような、おそらく昔の道の名残を今やイノシシが獣道として使っているらしい痕跡を頼りにほぼ道を作りながら登るという感じです。

しかし、このコースは実にジツ~に!絶景ポイントだらけ!瀬戸の多島美を楽しむには絶好です!

f:id:sarai-kitagiisland:20160418132642j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160418132650j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160418150204j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160418142331j:plain

そしてまた、だいぶ奥深く入った山の中では山桜の巨木に出会ったりもしました!

幹回り1m以上はあるかな(今度測ってみます)、樹高、枝の広がりといい、50年以上100年近くの樹齢ではないか、と素人推測されます。

f:id:sarai-kitagiisland:20160418162411j:plain

そして、道中の林の間から向こうの方に見えた奇岩。我々は「仙人岩」と名付けましたが、これは下の方からではどこからも見えない、山に登ってしかもあるポイントからでないと見えない神秘のベールに包まれた感出まくりです!ここもまたいつか発掘調査に行かねばなりません!

f:id:sarai-kitagiisland:20160418151432j:plain

そしてまた道中には巨石がいくつも鎮座するのですが、中には人為的に細工加工されたようなこれまた神秘のベールに包まれたようなものが静かに横たわっておるわけであります。

f:id:sarai-kitagiisland:20160418154041j:plain

そしてようやくたどり着いた懐かしの?頂上。

ふと見ると、この間から何度も開墾しながら登った大浦側からの道に我々が付けたものではない赤いビニールひもの目印があちこちの木にくくりつけられてある!

明らかに先日の島墾隊登山道整備&お花見トレッキング以降に付けられたもので、誰かが登って来たようだ。

島の人だろうか・・・?

とにかく、これは喜ばしいことである!こうやってまた興味を持って山に入る人が増えれば自ずと道もでき山もきれいになってゆく!

あまりそれが過ぎて環境破壊にまで至っては問題であるが。まあ北木島だしここまで来てみたいという人は少ないと思うので、ちょうどいい感じで人が入って来ると期待したい。

こんな具合に実に興味津々ワクワク登山道整備であり、

さらにまた北木島の魅力を発見した喜びいっぱいで!

これだから北木島、好っきやな~~♡

なんか期せずしてへそくり1,000万円見つけたような、家康の埋蔵金でも発見したような、

そんな気分ですな!(そんな経験ねえけど!)

下世話な例えでしょうか?

世の中にはお金に換算できない楽しみや喜びがいくらでもあるということを付け加えたかったまでです。

f:id:sarai-kitagiisland:20160418145912j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160418150108j:plain

山桜と「山桜祭」の調査報告

本日もZ-YARDにてピザを焼く予定でしたが、

昨日予想以上の客入りにてピザ売り切れとなり(仕込んだ数が少ないですが^^;)、

今日はピザはお休みになったので、

この時間を有効に使わねば!と、

これまたタイミングよく神島で「山桜祭」が開催されるらしいということで、行ってみました!

 

いやあ、ちょうど北木島バックリ山開墾の流れで、近場ですでに山桜の名所になっている神島の状態をこの目で見たいという思いが湧き出してたところだったんです!

 

9:00過ぎに山桜祭会場である神島外浦の十夜ヶ橋大師へ行くと、すでにお客さんがぽろぽろといてお昼前には結構人が来てました。

ただ、

 

桜が咲いてねえし!

 

ってな状態で、それでも祭と言えばそこは日本人!とりあえず人が集まる^^

 

地元のおばちゃん達の手作り雑貨、お菓子、ゆず湯とコーヒーのお接待、地元消防団の屋台は焼きそば、ラーメン、鶏チャーシューなど。

地元の方々が頑張っておられます!

f:id:sarai-kitagiisland:20160401091010j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160401091028j:plain

 

売り子をしてたおばちゃんに話を聞きますと、

山桜祭自体はやり始めて何年もなるけど、人が来だしたのはここ数年らしい。

 

継続は力なり、ですな。



そして、聞きたかったことをたまたま公民館長という方がいらしたのでその方に聞きました。

 

「山の手入れ、整備はやられてますか?」

「人がいないので実際山の中まで手は入れられない。ほんの目立つところの道脇とかの草や木を刈る程度。今後高齢化が進むにつれ山も荒れる一方になれば山桜の景観も今のように残るかどうか・・・」

 

やはりそういう問題があるんですね。

つる系の草木が繁茂した日には生命力の強い山桜もなかなか厳しい環境になるんではないでしょうか。

 

ただ、公民館長に聞いた話では、

山桜が最近では外浦だけでなく内浦の方も増えてきた。また、笠岡の大島の方でも山桜が増えてきているようだし、外浦の対岸にあたる高島でも山桜が増えだしている。おそらくここ(神島外浦)の山桜の種を鳥たちが運んで行って繁殖しているのだろう、と。

 山桜の繁殖力、生命力はなかなか強いようです!

 

ここで、北木島バックリ山の話もいたしまして、開墾しようと動いている話もいたしました。

そして、ついでに島墾隊イベントのチラシも貼っていただきました^^

f:id:sarai-kitagiisland:20160401101908j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160401101916j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160401094455j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160401094724j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160401094911j:plain

北木島バックリ山が見えております。笠岡諸島が山桜でつながっていったら・・・

 

帰り際に、偶然ばったり神島在住の同級生で中学校教諭のHさんに会い、

「私、仕事辞めたんよ!」

と電撃発言!50歳を機に新たな一歩を踏み出す決断をしたようです。

島にもいろいろと縁が深いHさんともいろいろ協力して何かやれたらいいね、ってな話をし、

「ちょっと行った所でカキ飯を売っとるよ!」

と教えてもらったので、カキ飯を買い、海と島の見える堤防でカキ飯を喰らう。

f:id:sarai-kitagiisland:20160401111242j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160401112800j:plain

「民宿さかえ」さんが自分のところで養殖しているカキを使っているそうです。うまかった。

 

カキ飯を喰らっていると、チベタンを彷彿させる色黒の浮浪者然としたおじさんが段ボール箱など積んだ買い物カートを押しながら道路を歩いている。

「こんちわ!」

というと、ニターっといい笑顔^^

 

同類?憐みの情?というわけじゃないが、

(さっき山桜祭で買った甘夏の皮の砂糖漬けがあったな。買ったはいいが、あのような甘すぎる物は食べきれないので、どっちかというと自分に近い人種であるあのおっちゃんにあげよう!)

f:id:sarai-kitagiisland:20160401113735j:plain

と思い立ち、甘夏の皮の砂糖漬けを浮浪者然のおっちゃんにあげましたら、

 

「んなもん、ええよ。あんた喰いねえ。」

「いや、僕はあんま甘いものは食べないんで、おっちゃん食べて!」

「ほんま?ありがとな、いただくわ。」

「で、おっちゃん食べ物とかどうしてるん?」

「あ、食べ物はサカモトが買うてくりょーる。」

 

といいながら、颯爽と去っていった。

サカモトって?

謎の言葉を残して自由人のおっちゃんの姿は春の陽炎のように小さくなっていった。

 

笠岡は平和なところであるな。

 

f:id:sarai-kitagiisland:20160401114300j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160401113516j:plain

神島から見た北木島。そして、バックリ山も。




島墾隊(とうこんたい)

3月23日にヨッシー吉川くんと島墾隊を結成。

 

一昨日、島墾隊(私とヨッシー吉川くん)で、バックリ山(225m)へ島墾隊2回目の踏査に行った。

目的は、4月9日(日)に一般参加募集して催行する第1回バックリ登山道整備&お花見トレッキングのために事前に、ある程度道と山頂を開墾しておくことだ。

チェーンソーとノコギリ(Silky Gunfighterがベストである!)を持って、8:00から登り始め、13:00頃下山。首尾は上々。予想以上の成果を収め、さらにバックリ山および北木島の魅力と可能性に触れたわけである。

山頂付近には山桜の木が「群生」までいかなくともかなり点在して生えている。

他の木や竹をきれいに伐って育ちやすい環境を作ってやればまだまだ自然繁殖していくであろう。

そうなれば、瀬戸の多島美も一望できる桜の名所になるはずである。

島墾隊はそこを目指して進みたい!

f:id:sarai-kitagiisland:20170331181929j:plain

バックリ山頂 ビフォー1

f:id:sarai-kitagiisland:20170331182052j:plain

バックリ山頂 アフター1

f:id:sarai-kitagiisland:20170331182250j:plain

ビフォー2

f:id:sarai-kitagiisland:20170331182340j:plain

アフター2



そしてまたその後、バックリ山についての新たな情報を思いも寄らぬ形で入手した。

 

昨日、畑仕事をしていると、乳母車を押しながら高齢のおばあちゃんが通りがかり、

「おー、ようがんばっとるなあ!・・・私ら若いころは山の上の方まで畑があってなあ、

モッコ担いで行きよったもんじゃ。バックリの上の方まであってな・・・バックリ山のてっぺんには戦時中は見張りによう上がりよったもんじゃ。」

と、聞きもしないのに滔々としゃべりだしたのである!

「バックリ山」が出てきたので、うお~?!と僕も喰いついて、

「頂上に見張り台があったんですか?!」

「おーそうよ、防空壕を掘ってな、その上に屋根のようなもんをこさえて、そこから出ては飛行機を見張って、電話で連絡しよったんじゃ。飛行機の識別の勉強をしたもんじゃ。男衆はみな出ていっとるけえ、女の私らがそういうことをせにゃならんかったんよ!」

「おお!それは大変だったでしょう!その見張りの防空壕はまだ残ってますかね?!」

「!んなもん!草が生えとって分かるもんかあ!!」

 

おばあちゃんは93歳だそうで、乳母車がないと歩けない状態ながら、家でじっとしていてもしょうがないので、健康のために乳母車を押して、

10年前に亡くなったというご主人のお墓参りに福厳寺まで歩いていくそうだ。

 

バックリ山の山頂に戦時中見張り台があったというのはいろんな人から聞き知っていたが、ここまで具体的な当時の様子をしかも実体験者に聞けたのは、

なんとこのタイミングで奇遇というか必然というか!

昔のバックリ山頂は360度景色が展望できたらしい。そして平らで結構広い。

 

これでまたバックリ山を開墾する楽しみが増えたわけである^^

もしかしたらその見張りのための防空壕の跡が発見できるかもしれない。これはひとつの史跡である。



おばあちゃんは最後に、

「あんたがここで畑をしょーるのを見たらな、私やいつも感謝するんで!ありがとうございます。」

と言って、寺の方へゆっくりと乳母車を頼りに歩いて行った。

涙が出そうなくらい嬉しかった。そして、まだまだがんばるぞー!というやる気もあふれてきた。

「人が育つ」「人を育てる」というのはこういうことかもしれない、とも思った。

 

進め!島墾隊!




Deep underground paradise ~神聖にして侵すべからざる内的時空~

誕生日ってこともあるし、久々にブログでも書こうかという気に少しだけなってしまったので・・・

 

書く前に久々に最後に書いた前回のブログ記事を読むと、
あれからたかだか4か月くらいの期間でしたが、それはそれは物凄い変化が私の島生活にあったもんだなあ、とやや感銘を受けているところです。

 

一番は、引っ越ししたこと。
約3年半暮らしたあの辺境の「島のSARAI」の古民家を引き払い、移った先は島の中で一番大きな集落の中。

f:id:sarai-kitagiisland:20160117150521j:plain

引っ越し後の元祖島のSARAIは閑散と廃墟のようになってしまい、(こんなところによく住んでたもんだ。)と思わずにいられないが、僕に貴重な経験をさせてくれたとてもありがたい場所。

f:id:sarai-kitagiisland:20160131105333j:plain

ヤギは相変わらずこの場所にいる。が、毎日ここまでえさやりとかに来ないといけない(今は草がないので)のは結構大変^^; ・・・でもここはなんだか安心できる。

f:id:sarai-kitagiisland:20160131113827j:plain

しかももう1匹!あの向こうに見える大きい砂浜のそばに新居がある。前の家、他の3匹のヤギはあの山の向こう側に!今やヤギの世話がメインの仕事みたいに^^;  なんとかしなきゃ!・・・しかし、ここも素晴らしい場所で気持ちがほっこり^^

 


集落の中だけど思いっきり目の前が海水浴場という絶妙なるロケーションの家であり、
そこは私が島でお世話になったNさんが借りていた3軒のうちの1軒で、ほとんどの物が揃った状態で引き渡してくださった!
さらに同時期に4軒ほど引っ越しする方の手伝いなどして、いろんなものをあふれるほどいただいた!

なもんで、すっかり文明開化状態で物には困らない実に豊かな生活となってしまったわけです(^^♪ 物だけ見たらお金持ちのお大尽ですわ^^;

 

f:id:sarai-kitagiisland:20151211072443j:plain

経済面では、昨年末頃は今までで最も最低にお金がない状態になって、本当に出稼ぎにでるか島を出るかしないとヤバイ!という状態でしたが、
引っ越しやらなにやらでバタバタ忙しくしているうちに
(あ~もうどうにでもなれー!俺の知ったことか!)
ってフリーダムなアナーキーな感じになって良く言えば泰然自若として、

3年半も島に住んでいながら全くやることのなかった釣りなんぞして食糧を備蓄しだした頃のことです。

f:id:sarai-kitagiisland:20160106130529j:plain


「笠岡に新しくカフェをオープンする方が石窯ピザを焼きに来てほしいと。」
というオファーをとある建築業者の方からいただいた。
その方は昨年5月頃だったか北木島のある家を解体に来ていて、その手伝いに私が一週間くらい行っていて、私が石窯ピザを焼いているのを知っていたし実際食べたこともあるので、そういうオファーが来たってわけです。

それでまたお給金もいただけるということで、これはもう渡りに船といいますか棚からぼたもちっていいますか、干天の慈雨でございますな!

f:id:sarai-kitagiisland:20160109125644j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160109143016j:plain


なにせお金がない状態の上に引っ越しをして石窯を解体してしまったので私の数少ない収入源のメインでもある石窯ピザが焼けない!という事態になっていたものですから、
本当に有難く助かったわけです!

 

しかし、石の上にも3年、瓢箪から駒、島生活で会得した石窯ピザのスキルがこんな形で役に立つとは!

 

とまあこんな具合に生活に奇跡的劇的ともいえる変化が起きていたというわけでございます。

 

で、相変わらず北木島の神様に引き留められて生かされているという私は本当に幸せ者であるなあと深く感謝を捧げている日々であります。

 

 

昨夜、宴の後バイクで家路を走っている時、峠の頂上から降りていると下に集落の灯りが見える。
ふと思った。
(俗に100万ドルの夜景ってのがあるが、こりゃ100円くらいの夜景だな^^;)


転じて空を見上げた途端、ハッとするほどの美しい満天の星空が広がった。

もう本当に星が降ってきそうなくらい近くに見える。

まさに宇宙の中にいることを感じる。


(な、なんと!美しい!!これは100万ドルどころじゃない金銭の価値なんて付けれるようなそんな野暮なもんじゃない!)

 

現代的金銭的価値はあまりないように思える所あるいは時こそ金銭では計れない無量の恩恵がそこに横たわっているのかもしれません。


思えば私が北木島に住むようになったいきさつは色々あるけれど、結局最終的に決断した理由は、
「星空がめちゃくちゃきれいだった。」
単純にこれだったわけですから。

 

家に着いて改めて家の前の砂浜でひとり夜空を見上げる。
美しい。美しすぎる。心が洗われる。この上なく贅沢な時間空間。

これこそが贅沢であり至福であります。

 

(そうだ!眼鏡を新調したからまたよく見えるんだな(^^♪)

 

そう、これも今年に入ってある仕事を頼まれてお給金をいただき、ようやく2年以上買うことができなかった眼鏡を作ることができたわけです。
眼鏡は前に住んでた家の裏山を開墾している時に無くしたり壊したりして3つあったのが全部無くなってたのです。
眼鏡を買う余裕なんかなかったからずっと買えず、だからといって今金銭的に余裕があるわけじゃないが、
最低ラインから少しお金が入ると人間随分金持ちになった気になるもので^^;
よく考えてみればやはり相変わらず経済的には厳しいはずなんだが・・・
気持ちに余裕ができたということでしょう。


ということで、お金で価値づけることのできない物事や経験に取り巻かれていると、
お金に対して気に病むとか執着するとかいうことが少なくなっていくようです。

 

そうすると尚更に星空が美しく有難く見えてくる。

 

そして僕はここに住んで良かったな、と安心する。

ありがとう、北木島

 

第2回北木島ピースフェスティバルを終えて(裏)

1か月ぶりくらいに畑に行きました。

なにせ9月に入ってからはピースフェスティバルの準備が佳境に入りそちらに全勢力をつぎ込んだため、畑はほったらかし・・・

しかし、ある程度まで育った植物はほったらかしでも実に元気よく繁茂してたりして、むしろある程度まで育ったらほったらかしで雑草と共存共栄させた方がよく育つんではないか!?と感じるほどで^^;

ま、それがいわゆる自然栽培というやつなんでしょう。

f:id:sarai-kitagiisland:20160928114309j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160928114120j:plain


ただ、収穫したササゲやらゴマの一部が忙しすぎてちゃんと天日干しできずダメにしてしまったものがいくらかあるので、それは非常に残念なことであります。

あと残念なのが、裏の畑のサツマイモがイノシシに全部喰われてしまったことです。

f:id:sarai-kitagiisland:20160928111543j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160928111534j:plain

北木島のイノシシは確実に増えています。早急に駆除しないとエライことになってしまいます。

行政の方でワナを仕掛けているらしいですが全然効果なしのようです。

海を渡って命がけで繁殖するような根性の座ったイノシシなら少々のワナくらいじゃ引っかからないのもうなづけます。

民家周辺に借りた畑のサツマイモはかろうじて今のところセーフなので、まだ救われています。

f:id:sarai-kitagiisland:20160928113151j:plain


今年の春ころからピースフェスティバルの準備を本格的に始めてそちらに注力する配分が、2割、3割・・・と増えていくに従い、思うように畑仕事もできなかったり準備の方も大変だしで、かなりフラストレーション感じていました。(もっと畑を開墾していろんなものを植えることができるのに・・・)と何度思ったことか^^;


実際第1回ピースフェスを終えて・・・じゃなくフェスの最中に「もう第2回はやりません!」と公衆の面前で宣言したほどだったにもかかわらず、自然の流れで第2回もやることになり、乗りかかった船は嫌でも意地でも漕がねばならぬ、という、それは僕にとっては非常に苦渋の選択であり、申し訳ないですが、

(やっぱりやめときゃよかった!)と何度思ったことか!


こういうことは、ピースフェスティバルが終わってから書く気になったら書こうと思ってましたので、

今更書くことでもないかもしれませんが、やはりこのずっとずーっとやり場のなかったダメージは何らかの形で消化しないことにはどうにもおさまりがつかないのでちょっと書かせていただきます。


そんなわけで、9月に入ってかその前くらいから私個人の生産活動というのはほぼ全くできてない。私生活というのもないようなもの・・・

そのため、いつものわずかながらの現金収入さえ得られていない。

ピースフェスティバルの収支は現段階で基本的にはほんの少しの赤字で済んでいますが、それもいろんな方々のご協力あってのことです。お金のためにやったことではありませんし、ピースフェスティバルのおかげでまたいろんな方々と交流できつながれたというのは素晴らしい財産だと思います!それはきっと誰よりも何よりも幸せなことかもしれません!


しかし、やはり準備期間中から終了後の清算片づけまで一環して振り返るなら、やはり釈然としないものがあります。


ピースというのは、やはり自分の日常生活が基本じゃないのか?経済面では思うように行かないこともありますが、それでも何かしら模索しながらその人なりに一生懸命やっていれば自分も納得するし、他人もある程度認めてくれるでしょう。そういった基盤があやふやな状態で、ピースフェスティバルもなにもあったもんじゃない、という気がずっとしていて、それが精神面でも得体のしれないモヤモヤ感になったりで・・・それはもうすでにピースじゃないよね?って感じです^^;

あるいはまた、いろんな方々ご負担やご迷惑をおかけしたことも事実です。

そんな状態でピースフェスティバルとか言ってる場合じゃないです^^;


ということで、私の今の心境は、今回第2回北木島ピースフェスティバルはそれなりに良い結果も出せたと思います。(そりゃあ、あれだけ労力をつぎ込んで何もなかったらホンマにどうしようもないですわね^^;)

しかし、第3回はもうああいった大きなイベントとしての形ではやりません。

第3回北木島ピースフェスティバルは言うならば、私個人的にいろんなことを試行錯誤して公私にわたる生活基盤を創るという活動をもってピースフェスティバルにしたいな、と思っています。

やはり「愛と平和の北木島」に本当にしたいなら1個人個人の生活を愛と平和にしなきゃ、それは

嘘です。

一から出直しな感じでありますが、多彩な経験をさせていただいた3年半経っての「一から」なので新たなステージということにもなるかもしれないですね。

実際は(何もしたくない)という自暴自棄的気持ちが心をよぎったりもしますが、それでは生きていけないので、前を向いて小さな一歩でもよちよち歩きでも進むより他ないじゃないですか!っていう感じです^^;

格好ええこと言うてもそれが本心かな。

ちゃんと生きていけるかなあ、くらいの勢いですな^^;


とにかく!ピースフェスティバルに関わってくださった方々には感謝しかありません!こんな拙いもののためにいろいろとご協力してくださったというのは、本当にかたじけなく恐縮して感謝のみです。


素朴につつましくひっそりと雑草のようにあるいはイノシシのようにたくましく生きてまいりたいと思っております


そしてまたいつか皆さんとお互い素朴で純真な笑顔でお会いしたいなと思います。

 

地球が真に平和であれ。

f:id:sarai-kitagiisland:20160110082600j:plain

第2回北木島ピースフェスティバルを終えて


Achico ピースフェスティバル 前夜祭 shoot by mojar

 

第2回北木島ピースフェスティバルおよび共催のピースフェスティバル岡山はたくさんのご協力者のおかげで無事終了いたしました。

ぬくだまプロジェクトで来日した韓国の子どもたちも無事韓国に帰国いたしました。


第1回からの経緯で肩書を頂戴した第2回北木島ピースフェスティバル実行委員長として、今回ピースフェスティバルに関わってくださった方々に心より感謝申し上げます。

まずはネット上で申し訳ありませんが、心底より感謝申し上げます。


ピースフェスティバル実行委員会メンバーとしてはぬくだまさん、MOJAO塚本さんということになりますが、島のやさしい電器屋トンさん(奥野電業)のように、PA(音響)関係やPRライブなどで大変お世話になり、その存在なくしてはピースフェスティバルなど開催できなかったという有難い人材が、その他にもその都度その都度必要なタイミングで現れて、我々を大いに助けてくださったがためになんとか紆余曲折しながらも完結することができました。

終わってみれば、大変だったけれどもただやらせていただいたという感じで、かたじけなくもありがたいのみであります。

f:id:sarai-kitagiisland:20160926195554j:plain


ご参加いただいた方々の大半から、素晴らしかった、楽しかった・・・というありがたい感想をいただき、確かに素晴らしいフェスティバルであったと、全体的印象において成功といっていいと思います。

 

しかし、実行委員の立場としては事が大掛かりだっただけに、また天候の影響もあり、多くの人にご無理やご迷惑をお掛けしたという反省点も多々あります。

忌憚なきご意見を真摯に受け止めて今後に生かせるよう努めてまいりたいと思います。


ピースフェスティバルの開催主旨は、ただ一つ世界の平和を真に祈るお祭りであり、それをこの北木島および岡山から発信するということだけです。

第1回もそうですが、今回ピースフェスティバルに参加された方々お一人お一人が地球の平和、世界の平和、自国の平和、地域の平和、家族の平和ということに大なり小なり思いをいたし、すべてはつながっているし、1人1人の思い次第で己の心の平安を創り出すことこそ世界平和の重要な第一歩であると思います。それに気づき行動する人が1人でも増えれば、それだけ世界は平和に近づく・・・。そのためのきっかけとなるピースフェスティバルでありたいわけです。


その主旨から外れれば、第3回はあり得ないしやる必要もない。

もし、必要とあらばまた天がやらせてくださるでしょう。その時は今回の反省点を大いに払拭すべく謙虚に慎ましくできる範囲のわずかなことをやらせていただきたいと思っております。

私個人としても沈思黙想して、今後の我が人生を創造展開していきます。

 

第2回北木島ピースフェスティバルは天と地とこれに関わる人たちの手で創られました。そして実に貴重な体験をさせていただきました。

そのすべてに改めて心より感謝申し上げます。

どうもありがとうございましたm(_ _)m


皆様の平安を心より愛を込めてお祈り申し上げます。

世界人類が平和でありますように

f:id:sarai-kitagiisland:20160926195817p:plain

 

 


水の地球(shab◎n)+火の舞(Achico) 水の舞(権 鮎美) 北木島ピースフェスティバル


トルネードボンバー 北木島ピースフェスティバル

 

 

 

9.11歴史的意義を改める快挙

こんにちは。


デジカメがクラッシュしてお釈迦で写真が撮れません。

記録に残すより記憶に残すことにしよう、なんて気休めに思っています。


ですからこういった投稿は人様からラッキーにも写真をいただけてなおかつ時間を捻出できたならUPできる、とこういうわけです。


デジカメクラッシュしたのは言うまでもなく?カヤックがひっくり返って海に放り出されたからであります。カヤック初心者なもので^^;


まあそんなことを書いている暇はないので、本題に入ります。


9月11日宮島大聖院にて「消えずの火」採火セレモニーおよび境内にてピースフラッグセレモニー、そしてその後大聖院から宮島桟橋までピースパレード、そして夜はバックパッカーズ宮島にて2日連続ピースフェスティバルPRライブを敢行してまいりました。

f:id:sarai-kitagiisland:20160911123852j:plain


大聖院の吉田座主の寛大なるお計らいによってこれらのことが実現いたしました。

本当に一どこの馬の骨かわからない任意団体みたいなものの企画にここまでご協力いただけるという奇跡的な出来事、

本当に大感謝であります!!

f:id:sarai-kitagiisland:20160911134504j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160911134814j:plain


しかし、これも実際吉田座主が我々のピースフェスティバルの主旨に賛同していただけたからでありまして、ピースフェスティバルの重要な意義を改めて自覚しなければいけないと畏れ入る次第です。


宮島は世界遺産でもあるため本当にたくさんの外国人が来られています。

ピースフラッグセレモニーにもそこに居合わせた多くの外国人が興味を持って飛び入り参加してくださいました。ピースパレードにも幾人か参加して一緒に世界平和を唱えながら観光客でいっぱいの中を行進することができました。

f:id:sarai-kitagiisland:20160911143329j:plain

f:id:sarai-kitagiisland:20160911150651j:plain


平和意識を神の島宮島の神聖なる場で呼び覚ますきっかけが創れたと思うと感無量であります。

 

ピースパレードでは大聖院衆徒代表の方がほら貝を吹きながら先頭を歩いてくださるという手厚い演出もいただけました。


廿日市市警察署の方々も警備のため同行してくださいましたが、制服では物々しくてピースにそぐわないだろうとわざわざ私服で来てくださるという気配りまでしてくださいました!

そして、すべて終了した別れ際には向こうから「来年もよろしくお願いします。」と!

「え?!来年?!」


なんとピースフェスティバルのパワー畏るべし!と実感した日でありました。

 

夜はバックパッカーズ宮島にて二日目のPRライブ。

WildフォトグラファーMojarくんがつなげてくれた井原のかや小屋バンドも参加!


そして、広島在住アフリカ民族楽器アサラト奏者のメンダーくんも参加!


コラボ演奏も実現!


No woman No cry mojunk


と盛りだくさんで相当に盛り上がって強烈に宣伝して、その夜「平和の灯火」と共に笠岡に帰還いたしました。

 

北木島ピースフェスティバルまであと3日!


天地人融合の業。深層的歴史的意義ある日々をかみしめて。