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新緑の島墾隊

5月23日島墾隊出動記録。

 

ヨッシー吉川くんとバックリ山頂開墾に向かう途中話をしながら歩いていると、

道沿いのとある家の2階の窓が突然開いて、

「バックリ開墾に行きょーるん?」

とおばさまが声をかけてきた。

そして、

「ああ、バックリの上まで行けるんならすぐにでも行きたいくらいじゃわぁ。」

と、遠い目。

 

なんでも子供の頃におばあさんに連れられてバックリ山頂近くの畑によく行っていたらしい。

その頃を懐かしんでもう一度登ってみたいのだと。

 

「来年の春にはバックリ山頂でお花見ができるようにしようと思ってるので、ぜひ一緒に行きましょう!」

と言うと、嬉しそうに、

「ほんまー、そりゃええなあ!友達みんなにも言うとくけえ!」

と無邪気に笑っていた。

 

まるでバックリ山に恋い焦がれるかのように2階の窓越しから語りかける姿にロミオとジュリエットを見た吉川くんによって、その家は「ジュリエットの家」と名付けられた。

 

そんな約束をしては意気も軒昂開墾魂うづきまくる。

 

登山道はわずかの期間で結構鬱蒼としており改めて草木を伐りながら登ってゆく。

3月初めに我々が改めて山頂までのルートに目印をつけておいたが、その後、3月30日~4月19日の間に我々の知らない誰かが別につけた目印赤いビニールテープが4~5m間隔で木に結び付けてあり、鬱蒼と茂った山道ではルート確認に非常に助けられた。

これはかなり山登り経験のある人の仕業に違いないと感じさせるもので、

できればこれをやってくれた方にお会いして仲間に加わってもらえたらと思った。

これを読まれたらぜひコンタクト取っていただきたい。

 

途中で道脇に野イチゴがなっていた。ひとつ口に放り込むと、ぷにゅっと心地よい食感とほんのりした野性味のある甘み。実にうま~~い!!何個も食べてしまう!

 

バックリ山のご褒美をいただきつつ、山頂にて開墾作業。

「これも未来の島源郷のため♡」と、2台のチェーンソーで木を伐らせていただきまして、結構はかどり、

 

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Before

 

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After 【手前のジャングルがなくなってもうひとつ向こうのジャングルが現れた。そんな感じ。しかし、このジャングルがなくなると・・・向こうには瀬戸の島風景が!?】

 

まだまだ先は長いけれど、確実に目標に向かっているし、応援者も少しづつ増えている感じで、心強い。

 

この日も味わえた自然の豊かさ、心休まる静けさ、涼しい木陰、降り注ぐ新緑のマイナスイオン、作業の合間の弁当、下山してからの甘夏チェッロ!格別~~!!空腹は最高のグルメ、労働は最高のスパイス!

汗をかいた後に山頂で飲むペットボトルに入れた水道水。水道水がこんなにうまく感じるとは!

開墾は快感である!

こんな素朴で超贅沢な幸せを多くの人に味わってもらいたいなあと思う。

そしてさらに自然を愛する人が増えたらいいなあ。

人間も自然の一部ゆえ自然を愛することは自らを愛することであり、自分を愛することは自然を愛することでもある。

 

愛してるよ~!

 

 

ピースアイランド北木島

 

島源郷祭論

とても重要なことをすっかりうっかり忘れていた。

 

そーいえば、4月15日は島暮らしスタートの日であり、一応「島のSARAI」の誕生日でもあったんであーる!

満4年になるんですねえ・・・な、なんと5年目に突入という。

 

こんな大事なことを今まではこの日が来るのを待ちに待っていたかの如く意識していたのが、

今年は忘れてしまっていたというのは、

きっともう島に住むこと生きることが前提になって日々の生活がある、という感覚になっている気がする。

 

そういえば、この記念すべき日に全国放送に露出してしまった、というのは何か暗示めいたものを感じさせるじゃありませんか。

あれは、たまたま偶然通りがかりに撮られて、観光客だろうと思ってたらテレビジョンの何とかだと言われて、そんなことなら興味ないしだいたいウチにはテレビジョンはあっても受信できないんだからキットカットしてくれ、万が一出すならモザイクかけて音声も宇宙人みたいな声にしといてくれ、でもって、「桃源郷」「Deep underground paradice」「何もない島」ということをしゃぺったのを意味不明につなげ合わせといてくれ、ついでに僕のオリジナルCDの映像は出しといて、と訴えておいたものなんだけど、やっぱ中途半端に編集されて露出してましたね。

まあそんな一庶民のマニアックな希望なんぞマスメディアにとってはゴジラが犬小屋を踏み潰したって気にも留めない、ってそんな感じでしょう。

 

それにしても、テレビ放送を見れない環境にある僕がたまたまその放送を見ることができた、というのも偶然を装った粋な演出じゃあないですか。

 

それはさておき、そんなこんなで今年になって(今までもあるにはあったが)先の先を見ていろんなことをするようになっている。先というのは半年後1年後はもちろん、それ以上に10年20年後のこともイメージするようになっている昨今である。(今までは1年暮らせるか、もう1年居れるか?!そんな感じで精いっぱいだったなあ・・・たしか)

 

ということで、島墾隊、島源郷祭などもそのヴィジョンの一環ですよ。

 

そういえば、今週日曜日は島源郷祭ですね。

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島源郷祭なんかもすぐに人が来てにぎわうようなことはそれほど希望してなくて、

重要なのは、ディープな人が徐々に集まって熱くて面白い形が形成されていくことです。それはもう天の沼鉾で塩こおろこおろにかき成すようなもんである。

 

結果的に島源郷祭が他のものに変わったっていっこうに構やしないんです。

 

地道に続いて何年か先にえらく面白いことに成っていたら、こんな楽しいことはありません^^

 

だから地道に続けれるようなことを地道に続けてみたいな、と思っているわけです。

 

僥倖を頼むというようなことではなく本当の意味の創造を体感したいわけです。

 

それはやはり、まさか4年も北木島で生活できるとは思ってなかった(思ってなかったというか想像もつかなかったと言った方が当たってるかな)そんな僕が来し方を振り返ってみると、「えらいこっちゃ!」という「思えば遠くへ来たもんだ」的感慨一入から来る湧き出しみなぎる充実感自己満足感がそのような考えや行動を起こす起動力になっていると思われる。

 

そして、これよりまた5年、10年後に見えるものがより一層クレイジーにキラキラハッピーなものだったら男ど阿保冥利に尽きるというもので、そこまで行くと自己満足に留まらずみんなで肩組んで「ハッピーだね!ルンルン♪」っていう風に波及効果があることが望ましい。

 

ところで、ダルカレーを作ってみました。僕の大好きなダルカレー!初めて作った割にはOKです!充分インドしてます!

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また、BACARDIを財布とにらめっこしながら買って(今さらお金の心配するようなそんなタマじゃねえだろ、やけくそが板についてんだ、とレジでひとり半笑いになりながら)、「甘夏ダイキリ」と「夏みかんレモンバーム編モヒート」なども作ってみた。

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これがまたう、うめえ~!キューバだ!行ったこたねえけど行ってみたいキューバだ!

 

しかし、こんなものがネットサーフィンしてみると都会じゃ一杯¥1,000以上もするみたいじゃないか!?

こんなクレイジーな社会ですよ。

我がモヒートなんぞ素材はその辺にあるものです。

こっちのが新鮮だし安いよ。

それにこの環境の中で飲んだら・・・「チョーうめえ~!幸せ!」って間違いないでしょう。島源郷祭(バナー広告)

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これは前回島源郷祭で好評の「甘夏チェッロ」

 

しかし、経済社会に組み込まれた大方の人はおしゃれな場所でおしゃれをして高いお金をわざわざ払って、「おいしい~!」気分になりたがる。

奇妙奇天烈で実に面白い!どんなTV番組や映画や小説よりも面白い!

Deep underground paradice

 

 

そんなこんなで季節的にフキだね、ってことでフキもやってやります。

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ふきの葉味噌なんか材料の、ふき、味噌、金ゴマ、エゴマ全部北木島産島のSARAI産ですぜ。美味、これぞグルメ。

 

ところでフキにしてもこの間やったツクシにしても下処理時に一般的には指先が黒くなるものらしいですが、私が処理した北木島のものは、全然まったく指先は黒くならないぴかぴかですよ。これは自論ですが、きっと排ガスとか空気汚染がないからじゃないかなあ。昔ながらの古来日本の山菜に近いってことになるんじゃないでしょうか。

 

これは最初から思ってたことだけど、「北木島はインターナショナルな島になる!」という僕の希望的観測が多分に入っているかもしれない啓示を元にこういった無国籍系なエキゾチックな雰囲気を醸し出していかないと!なんていう使命感みたいなもので、のらりくらりと前進していく感じですね。

 

こういった感じで、島源郷祭は催されていくのです。街を捨てよ、島へ出よう。

 

 

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※島源郷祭って何やねん?って質問がよくあり、「桃源郷」を文字って「島源郷」って説明しても「桃源郷」自体を知らない人がこれまた意外に多く(時代を物語ってますなあ)、「桃源郷」とは、陶淵明の「桃花源記」を読んでいただくのが一番です。

島墾隊開墾日誌

昨日の島墾隊活動日誌

ヨッシー吉川くんと私2人でバックリ山登頂新ルート(「新」ではなく「旧」の再発掘、蘇生です)開墾。

金風呂方面(大浦とは反対側)からの登山道。

 

道はあるようでないような、おそらく昔の道の名残を今やイノシシが獣道として使っているらしい痕跡を頼りにほぼ道を作りながら登るという感じです。

しかし、このコースは実にジツ~に!絶景ポイントだらけ!瀬戸の多島美を楽しむには絶好です!

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そしてまた、だいぶ奥深く入った山の中では山桜の巨木に出会ったりもしました!

幹回り1m以上はあるかな(今度測ってみます)、樹高、枝の広がりといい、50年以上100年近くの樹齢ではないか、と素人推測されます。

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そして、道中の林の間から向こうの方に見えた奇岩。我々は「仙人岩」と名付けましたが、これは下の方からではどこからも見えない、山に登ってしかもあるポイントからでないと見えない神秘のベールに包まれた感出まくりです!ここもまたいつか発掘調査に行かねばなりません!

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そしてまた道中には巨石がいくつも鎮座するのですが、中には人為的に細工加工されたようなこれまた神秘のベールに包まれたようなものが静かに横たわっておるわけであります。

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そしてようやくたどり着いた懐かしの?頂上。

ふと見ると、この間から何度も開墾しながら登った大浦側からの道に我々が付けたものではない赤いビニールひもの目印があちこちの木にくくりつけられてある!

明らかに先日の島墾隊登山道整備&お花見トレッキング以降に付けられたもので、誰かが登って来たようだ。

島の人だろうか・・・?

とにかく、これは喜ばしいことである!こうやってまた興味を持って山に入る人が増えれば自ずと道もでき山もきれいになってゆく!

あまりそれが過ぎて環境破壊にまで至っては問題であるが。まあ北木島だしここまで来てみたいという人は少ないと思うので、ちょうどいい感じで人が入って来ると期待したい。

こんな具合に実に興味津々ワクワク登山道整備であり、

さらにまた北木島の魅力を発見した喜びいっぱいで!

これだから北木島、好っきやな~~♡

なんか期せずしてへそくり1,000万円見つけたような、家康の埋蔵金でも発見したような、

そんな気分ですな!(そんな経験ねえけど!)

下世話な例えでしょうか?

世の中にはお金に換算できない楽しみや喜びがいくらでもあるということを付け加えたかったまでです。

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山桜と「山桜祭」の調査報告

本日もZ-YARDにてピザを焼く予定でしたが、

昨日予想以上の客入りにてピザ売り切れとなり(仕込んだ数が少ないですが^^;)、

今日はピザはお休みになったので、

この時間を有効に使わねば!と、

これまたタイミングよく神島で「山桜祭」が開催されるらしいということで、行ってみました!

 

いやあ、ちょうど北木島バックリ山開墾の流れで、近場ですでに山桜の名所になっている神島の状態をこの目で見たいという思いが湧き出してたところだったんです!

 

9:00過ぎに山桜祭会場である神島外浦の十夜ヶ橋大師へ行くと、すでにお客さんがぽろぽろといてお昼前には結構人が来てました。

ただ、

 

桜が咲いてねえし!

 

ってな状態で、それでも祭と言えばそこは日本人!とりあえず人が集まる^^

 

地元のおばちゃん達の手作り雑貨、お菓子、ゆず湯とコーヒーのお接待、地元消防団の屋台は焼きそば、ラーメン、鶏チャーシューなど。

地元の方々が頑張っておられます!

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売り子をしてたおばちゃんに話を聞きますと、

山桜祭自体はやり始めて何年もなるけど、人が来だしたのはここ数年らしい。

 

継続は力なり、ですな。



そして、聞きたかったことをたまたま公民館長という方がいらしたのでその方に聞きました。

 

「山の手入れ、整備はやられてますか?」

「人がいないので実際山の中まで手は入れられない。ほんの目立つところの道脇とかの草や木を刈る程度。今後高齢化が進むにつれ山も荒れる一方になれば山桜の景観も今のように残るかどうか・・・」

 

やはりそういう問題があるんですね。

つる系の草木が繁茂した日には生命力の強い山桜もなかなか厳しい環境になるんではないでしょうか。

 

ただ、公民館長に聞いた話では、

山桜が最近では外浦だけでなく内浦の方も増えてきた。また、笠岡の大島の方でも山桜が増えてきているようだし、外浦の対岸にあたる高島でも山桜が増えだしている。おそらくここ(神島外浦)の山桜の種を鳥たちが運んで行って繁殖しているのだろう、と。

 山桜の繁殖力、生命力はなかなか強いようです!

 

ここで、北木島バックリ山の話もいたしまして、開墾しようと動いている話もいたしました。

そして、ついでに島墾隊イベントのチラシも貼っていただきました^^

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北木島バックリ山が見えております。笠岡諸島が山桜でつながっていったら・・・

 

帰り際に、偶然ばったり神島在住の同級生で中学校教諭のHさんに会い、

「私、仕事辞めたんよ!」

と電撃発言!50歳を機に新たな一歩を踏み出す決断をしたようです。

島にもいろいろと縁が深いHさんともいろいろ協力して何かやれたらいいね、ってな話をし、

「ちょっと行った所でカキ飯を売っとるよ!」

と教えてもらったので、カキ飯を買い、海と島の見える堤防でカキ飯を喰らう。

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「民宿さかえ」さんが自分のところで養殖しているカキを使っているそうです。うまかった。

 

カキ飯を喰らっていると、チベタンを彷彿させる色黒の浮浪者然としたおじさんが段ボール箱など積んだ買い物カートを押しながら道路を歩いている。

「こんちわ!」

というと、ニターっといい笑顔^^

 

同類?憐みの情?というわけじゃないが、

(さっき山桜祭で買った甘夏の皮の砂糖漬けがあったな。買ったはいいが、あのような甘すぎる物は食べきれないので、どっちかというと自分に近い人種であるあのおっちゃんにあげよう!)

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と思い立ち、甘夏の皮の砂糖漬けを浮浪者然のおっちゃんにあげましたら、

 

「んなもん、ええよ。あんた喰いねえ。」

「いや、僕はあんま甘いものは食べないんで、おっちゃん食べて!」

「ほんま?ありがとな、いただくわ。」

「で、おっちゃん食べ物とかどうしてるん?」

「あ、食べ物はサカモトが買うてくりょーる。」

 

といいながら、颯爽と去っていった。

サカモトって?

謎の言葉を残して自由人のおっちゃんの姿は春の陽炎のように小さくなっていった。

 

笠岡は平和なところであるな。

 

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神島から見た北木島。そして、バックリ山も。




島墾隊(とうこんたい)

3月23日にヨッシー吉川くんと島墾隊を結成。

 

一昨日、島墾隊(私とヨッシー吉川くん)で、バックリ山(225m)へ島墾隊2回目の踏査に行った。

目的は、4月9日(日)に一般参加募集して催行する第1回バックリ登山道整備&お花見トレッキングのために事前に、ある程度道と山頂を開墾しておくことだ。

チェーンソーとノコギリ(Silky Gunfighterがベストである!)を持って、8:00から登り始め、13:00頃下山。首尾は上々。予想以上の成果を収め、さらにバックリ山および北木島の魅力と可能性に触れたわけである。

山頂付近には山桜の木が「群生」までいかなくともかなり点在して生えている。

他の木や竹をきれいに伐って育ちやすい環境を作ってやればまだまだ自然繁殖していくであろう。

そうなれば、瀬戸の多島美も一望できる桜の名所になるはずである。

島墾隊はそこを目指して進みたい!

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バックリ山頂 ビフォー1

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バックリ山頂 アフター1

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ビフォー2

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アフター2



そしてまたその後、バックリ山についての新たな情報を思いも寄らぬ形で入手した。

 

昨日、畑仕事をしていると、乳母車を押しながら高齢のおばあちゃんが通りがかり、

「おー、ようがんばっとるなあ!・・・私ら若いころは山の上の方まで畑があってなあ、

モッコ担いで行きよったもんじゃ。バックリの上の方まであってな・・・バックリ山のてっぺんには戦時中は見張りによう上がりよったもんじゃ。」

と、聞きもしないのに滔々としゃべりだしたのである!

「バックリ山」が出てきたので、うお~?!と僕も喰いついて、

「頂上に見張り台があったんですか?!」

「おーそうよ、防空壕を掘ってな、その上に屋根のようなもんをこさえて、そこから出ては飛行機を見張って、電話で連絡しよったんじゃ。飛行機の識別の勉強をしたもんじゃ。男衆はみな出ていっとるけえ、女の私らがそういうことをせにゃならんかったんよ!」

「おお!それは大変だったでしょう!その見張りの防空壕はまだ残ってますかね?!」

「!んなもん!草が生えとって分かるもんかあ!!」

 

おばあちゃんは93歳だそうで、乳母車がないと歩けない状態ながら、家でじっとしていてもしょうがないので、健康のために乳母車を押して、

10年前に亡くなったというご主人のお墓参りに福厳寺まで歩いていくそうだ。

 

バックリ山の山頂に戦時中見張り台があったというのはいろんな人から聞き知っていたが、ここまで具体的な当時の様子をしかも実体験者に聞けたのは、

なんとこのタイミングで奇遇というか必然というか!

昔のバックリ山頂は360度景色が展望できたらしい。そして平らで結構広い。

 

これでまたバックリ山を開墾する楽しみが増えたわけである^^

もしかしたらその見張りのための防空壕の跡が発見できるかもしれない。これはひとつの史跡である。



おばあちゃんは最後に、

「あんたがここで畑をしょーるのを見たらな、私やいつも感謝するんで!ありがとうございます。」

と言って、寺の方へゆっくりと乳母車を頼りに歩いて行った。

涙が出そうなくらい嬉しかった。そして、まだまだがんばるぞー!というやる気もあふれてきた。

「人が育つ」「人を育てる」というのはこういうことかもしれない、とも思った。

 

進め!島墾隊!




Deep underground paradise ~神聖にして侵すべからざる内的時空~

誕生日ってこともあるし、久々にブログでも書こうかという気に少しだけなってしまったので・・・

 

書く前に久々に最後に書いた前回のブログ記事を読むと、
あれからたかだか4か月くらいの期間でしたが、それはそれは物凄い変化が私の島生活にあったもんだなあ、とやや感銘を受けているところです。

 

一番は、引っ越ししたこと。
約3年半暮らしたあの辺境の「島のSARAI」の古民家を引き払い、移った先は島の中で一番大きな集落の中。

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引っ越し後の元祖島のSARAIは閑散と廃墟のようになってしまい、(こんなところによく住んでたもんだ。)と思わずにいられないが、僕に貴重な経験をさせてくれたとてもありがたい場所。

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ヤギは相変わらずこの場所にいる。が、毎日ここまでえさやりとかに来ないといけない(今は草がないので)のは結構大変^^; ・・・でもここはなんだか安心できる。

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しかももう1匹!あの向こうに見える大きい砂浜のそばに新居がある。前の家、他の3匹のヤギはあの山の向こう側に!今やヤギの世話がメインの仕事みたいに^^;  なんとかしなきゃ!・・・しかし、ここも素晴らしい場所で気持ちがほっこり^^

 


集落の中だけど思いっきり目の前が海水浴場という絶妙なるロケーションの家であり、
そこは私が島でお世話になったNさんが借りていた3軒のうちの1軒で、ほとんどの物が揃った状態で引き渡してくださった!
さらに同時期に4軒ほど引っ越しする方の手伝いなどして、いろんなものをあふれるほどいただいた!

なもんで、すっかり文明開化状態で物には困らない実に豊かな生活となってしまったわけです(^^♪ 物だけ見たらお金持ちのお大尽ですわ^^;

 

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経済面では、昨年末頃は今までで最も最低にお金がない状態になって、本当に出稼ぎにでるか島を出るかしないとヤバイ!という状態でしたが、
引っ越しやらなにやらでバタバタ忙しくしているうちに
(あ~もうどうにでもなれー!俺の知ったことか!)
ってフリーダムなアナーキーな感じになって良く言えば泰然自若として、

3年半も島に住んでいながら全くやることのなかった釣りなんぞして食糧を備蓄しだした頃のことです。

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「笠岡に新しくカフェをオープンする方が石窯ピザを焼きに来てほしいと。」
というオファーをとある建築業者の方からいただいた。
その方は昨年5月頃だったか北木島のある家を解体に来ていて、その手伝いに私が一週間くらい行っていて、私が石窯ピザを焼いているのを知っていたし実際食べたこともあるので、そういうオファーが来たってわけです。

それでまたお給金もいただけるということで、これはもう渡りに船といいますか棚からぼたもちっていいますか、干天の慈雨でございますな!

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なにせお金がない状態の上に引っ越しをして石窯を解体してしまったので私の数少ない収入源のメインでもある石窯ピザが焼けない!という事態になっていたものですから、
本当に有難く助かったわけです!

 

しかし、石の上にも3年、瓢箪から駒、島生活で会得した石窯ピザのスキルがこんな形で役に立つとは!

 

とまあこんな具合に生活に奇跡的劇的ともいえる変化が起きていたというわけでございます。

 

で、相変わらず北木島の神様に引き留められて生かされているという私は本当に幸せ者であるなあと深く感謝を捧げている日々であります。

 

 

昨夜、宴の後バイクで家路を走っている時、峠の頂上から降りていると下に集落の灯りが見える。
ふと思った。
(俗に100万ドルの夜景ってのがあるが、こりゃ100円くらいの夜景だな^^;)


転じて空を見上げた途端、ハッとするほどの美しい満天の星空が広がった。

もう本当に星が降ってきそうなくらい近くに見える。

まさに宇宙の中にいることを感じる。


(な、なんと!美しい!!これは100万ドルどころじゃない金銭の価値なんて付けれるようなそんな野暮なもんじゃない!)

 

現代的金銭的価値はあまりないように思える所あるいは時こそ金銭では計れない無量の恩恵がそこに横たわっているのかもしれません。


思えば私が北木島に住むようになったいきさつは色々あるけれど、結局最終的に決断した理由は、
「星空がめちゃくちゃきれいだった。」
単純にこれだったわけですから。

 

家に着いて改めて家の前の砂浜でひとり夜空を見上げる。
美しい。美しすぎる。心が洗われる。この上なく贅沢な時間空間。

これこそが贅沢であり至福であります。

 

(そうだ!眼鏡を新調したからまたよく見えるんだな(^^♪)

 

そう、これも今年に入ってある仕事を頼まれてお給金をいただき、ようやく2年以上買うことができなかった眼鏡を作ることができたわけです。
眼鏡は前に住んでた家の裏山を開墾している時に無くしたり壊したりして3つあったのが全部無くなってたのです。
眼鏡を買う余裕なんかなかったからずっと買えず、だからといって今金銭的に余裕があるわけじゃないが、
最低ラインから少しお金が入ると人間随分金持ちになった気になるもので^^;
よく考えてみればやはり相変わらず経済的には厳しいはずなんだが・・・
気持ちに余裕ができたということでしょう。


ということで、お金で価値づけることのできない物事や経験に取り巻かれていると、
お金に対して気に病むとか執着するとかいうことが少なくなっていくようです。

 

そうすると尚更に星空が美しく有難く見えてくる。

 

そして僕はここに住んで良かったな、と安心する。

ありがとう、北木島

 

第2回北木島ピースフェスティバルを終えて(裏)

1か月ぶりくらいに畑に行きました。

なにせ9月に入ってからはピースフェスティバルの準備が佳境に入りそちらに全勢力をつぎ込んだため、畑はほったらかし・・・

しかし、ある程度まで育った植物はほったらかしでも実に元気よく繁茂してたりして、むしろある程度まで育ったらほったらかしで雑草と共存共栄させた方がよく育つんではないか!?と感じるほどで^^;

ま、それがいわゆる自然栽培というやつなんでしょう。

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ただ、収穫したササゲやらゴマの一部が忙しすぎてちゃんと天日干しできずダメにしてしまったものがいくらかあるので、それは非常に残念なことであります。

あと残念なのが、裏の畑のサツマイモがイノシシに全部喰われてしまったことです。

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北木島のイノシシは確実に増えています。早急に駆除しないとエライことになってしまいます。

行政の方でワナを仕掛けているらしいですが全然効果なしのようです。

海を渡って命がけで繁殖するような根性の座ったイノシシなら少々のワナくらいじゃ引っかからないのもうなづけます。

民家周辺に借りた畑のサツマイモはかろうじて今のところセーフなので、まだ救われています。

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今年の春ころからピースフェスティバルの準備を本格的に始めてそちらに注力する配分が、2割、3割・・・と増えていくに従い、思うように畑仕事もできなかったり準備の方も大変だしで、かなりフラストレーション感じていました。(もっと畑を開墾していろんなものを植えることができるのに・・・)と何度思ったことか^^;


実際第1回ピースフェスを終えて・・・じゃなくフェスの最中に「もう第2回はやりません!」と公衆の面前で宣言したほどだったにもかかわらず、自然の流れで第2回もやることになり、乗りかかった船は嫌でも意地でも漕がねばならぬ、という、それは僕にとっては非常に苦渋の選択であり、申し訳ないですが、

(やっぱりやめときゃよかった!)と何度思ったことか!


こういうことは、ピースフェスティバルが終わってから書く気になったら書こうと思ってましたので、

今更書くことでもないかもしれませんが、やはりこのずっとずーっとやり場のなかったダメージは何らかの形で消化しないことにはどうにもおさまりがつかないのでちょっと書かせていただきます。


そんなわけで、9月に入ってかその前くらいから私個人の生産活動というのはほぼ全くできてない。私生活というのもないようなもの・・・

そのため、いつものわずかながらの現金収入さえ得られていない。

ピースフェスティバルの収支は現段階で基本的にはほんの少しの赤字で済んでいますが、それもいろんな方々のご協力あってのことです。お金のためにやったことではありませんし、ピースフェスティバルのおかげでまたいろんな方々と交流できつながれたというのは素晴らしい財産だと思います!それはきっと誰よりも何よりも幸せなことかもしれません!


しかし、やはり準備期間中から終了後の清算片づけまで一環して振り返るなら、やはり釈然としないものがあります。


ピースというのは、やはり自分の日常生活が基本じゃないのか?経済面では思うように行かないこともありますが、それでも何かしら模索しながらその人なりに一生懸命やっていれば自分も納得するし、他人もある程度認めてくれるでしょう。そういった基盤があやふやな状態で、ピースフェスティバルもなにもあったもんじゃない、という気がずっとしていて、それが精神面でも得体のしれないモヤモヤ感になったりで・・・それはもうすでにピースじゃないよね?って感じです^^;

あるいはまた、いろんな方々ご負担やご迷惑をおかけしたことも事実です。

そんな状態でピースフェスティバルとか言ってる場合じゃないです^^;


ということで、私の今の心境は、今回第2回北木島ピースフェスティバルはそれなりに良い結果も出せたと思います。(そりゃあ、あれだけ労力をつぎ込んで何もなかったらホンマにどうしようもないですわね^^;)

しかし、第3回はもうああいった大きなイベントとしての形ではやりません。

第3回北木島ピースフェスティバルは言うならば、私個人的にいろんなことを試行錯誤して公私にわたる生活基盤を創るという活動をもってピースフェスティバルにしたいな、と思っています。

やはり「愛と平和の北木島」に本当にしたいなら1個人個人の生活を愛と平和にしなきゃ、それは

嘘です。

一から出直しな感じでありますが、多彩な経験をさせていただいた3年半経っての「一から」なので新たなステージということにもなるかもしれないですね。

実際は(何もしたくない)という自暴自棄的気持ちが心をよぎったりもしますが、それでは生きていけないので、前を向いて小さな一歩でもよちよち歩きでも進むより他ないじゃないですか!っていう感じです^^;

格好ええこと言うてもそれが本心かな。

ちゃんと生きていけるかなあ、くらいの勢いですな^^;


とにかく!ピースフェスティバルに関わってくださった方々には感謝しかありません!こんな拙いもののためにいろいろとご協力してくださったというのは、本当にかたじけなく恐縮して感謝のみです。


素朴につつましくひっそりと雑草のようにあるいはイノシシのようにたくましく生きてまいりたいと思っております


そしてまたいつか皆さんとお互い素朴で純真な笑顔でお会いしたいなと思います。

 

地球が真に平和であれ。

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