島の夏はめくるめく速い!

 

 

島の夏は忙しい。

 

スズメバチの巣を駆除して、

副産物の蜂の子食って、

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ピースフェスPRライブして、

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北木島ピースフェスティバル 2016 PRライブ


栄龍石材 北木島ピースフェスティバル 2016 PR Live

ピースアイランド号

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楠海水浴場の掃除をして、

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打ち上げして、

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翌日は踊りを踊って、

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またもビーチライブ。

あ・・・最後のビーチライブの写真がありませんが^^;

天野屋旅館に毎年来る新見短大の大学生達60名(ほぼ女子)が大浦ビーチでBBQ。

そこでライブをしてほしい、ということで急遽準備をして北木島唄っこ一座(トンさん、ぬくだまさん、KUNI)でやったわけであります。

これが意外にも結構盛り上がったりして、「くーにさ~ん!」なんつって黄色い声援が飛んだりして、なんとも「若いっていいなあ!」と冷静に微笑ましく思っている自分に気づいて、年寄りじみてるなあ、と思ったりするものの・・・

ビールがジュースのように感じる昨今はどうしたものか?!とも思ふ。

 

野人カメラマン塚本氏が撮ってくれた映像がありました!


北木島ピースフェスティバル 2016


北木島ピースフェスティバル2016 PR ライブ

 

そして一夜明けて今日は朝から草刈り。

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草刈りの仕事を仰せつかって、賃金がいただける!ので非常に助かる!

今やギリギリ状態になるとこういうお話が舞い込むというのが完全に自然の法則のようになってしまっているもので、ギリギリになっても全然心配していない、ということになってしまって、

しかしだからといって、こういう奇跡はやはりありがたいわけで、

当然が当たり前にならないよう「有難い」という言霊があるに相違ないということを体感させていただいたのが、やはりこの阿呆生活の賜物である。


そして、このお仕事を依頼してくださった方も、私が島に来て4年目にしてこれまではすれ違ってあいさつしても断然無視状態の愛想も何もないおっさんだったわけですが、その方がギリギリ状態の私に依頼してくださったのです!

もちろん、私は自分がギリギリだなんてことはほとんど人に申し上げておりませんですから、そのおじさんも知る由もないことであります。

ですからして、慈悲で仕事を与えてくださったわけではないはずですが、

やはり、慈悲であったと思えるのです。

草刈り中にひょこっと冷たいジュースを持って来てくれたり、

「あんまり無理せんとゆっくりやりゃええけえのー。」と何度も念を押すように言ってくださったり、

(は~、この方はやさしい方なんだー!)

だから、人は見かけによらぬもの、と非常に感じ入るわけであります。


そしてまた、これはよくあることですが、そうやって朝から草刈りをしておりますと、向かいの家で庭掃除をしているおばあさまが声を掛けてくださり、少し話をしてまたしばらく草刈りをしていますと、

程よい頃に先程のおばあさまが私をお呼びになり、

「まあ冷たいもんでも飲みねー。」

爽やかなスダチジュースをくださる。

とてもおいしい^^


これは畑仕事をしていても近くのおばさまが、

「まあ休憩しねえ。」

といって、お盆にお菓子とコーヒーを乗せて持って来てくださる、とか。


これは島ならでは・・・というか、おそらく古き良き日本の伝統が今だ残っているんだろうなあ、と思うわけです。

 

ところで、先程のスダチジュースをくださった庭掃除のおばあさまですが、年の頃は80歳過ぎくらいだが、朝庭掃除して、昼からも暑い中ほぼずーっと16:00過ぎ頃まで庭掃除をやっていました!凄い元気!

 


今だに都市一極集中のようなところがあるようですが、田舎の良さも若い人たちに見直されつつあるようです。

人間は何のために生きているのか?

それを無一物状態になった自分を想定して探求してみれば、自ずと答えが出てくるはずのものでありましょう。その答えが出てこないとすれば、それはもしかしたら自分の中に、虚飾、虚構が幅を利かせているということかもしれません。

お金も仕事も名誉も地位も、生命さえも、常にあるとは限らない。

「名の名とすべきは常の名にあらず・・・」

 

汗をかけばビールがうまい。またビールを飲む。

人生の選択権

畑の草取りに没頭していると、遠く聞こえてきたのは、


「本日は参議院議員選挙の投票日です。・・・・」


今のこの雰囲気とかけ離れているというか、とても遠い、遠くてどこかノスタルジックな響きさえ感じられるような、こちらが異次元なのかあちらが異次元なのか・・・


とにかく汗をタラタラと流しながらまた草取りに没頭する。

 

大浦という地区に4か所畑を借りている。

この地区はまだおばちゃんたちが結構畑をやっている。

みんなきれいに草を取り肥料をやって立派な野菜を作っている。

いわゆる慣行農法だが、有機により近く無農薬により近い低農薬の野菜という感じだ。

これがまた皆さん立派で美しくしかも美味しい野菜たちなので、

私もこの地区で借りた畑で作る場合は、おばちゃんたちが長年続けているやり方をリスペクトし見習って教えてもらいながら大体同じようにやっている。

よって、草取りは必須事業なんである!

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ササゲ、ゴマ、モチアワ、白ヒエ、エゴマ

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米(陸稲

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米(陸稲

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ゴマ、エゴマ、さつまいも、ヤーコン
この畑は秋葉山のふもと福厳寺(真言宗)の前にある。

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対して、ウチの畑は3年前からやっている通りの自然農法。

といっても僕の場合ほったらかしにより近い自然農法・・・だった。

だから1年目は何でも結構よくできたが、2年目3年目と台風やら忙しさにかまけてやる気なかったりとかで今一つ収穫が不振であった。


今年になって売れる野菜を作ったれ!というのがひとつ動機で、

畑を借りまくったりなんかして結構モチベーション高になったものだから、

ウチの畑もちゃんと世話する自然農法を心がけようとしている。

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さつもいも、黒とうもろこし、かぼちゃ・・・

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ササゲ、モロヘイヤ、つるむらさき、バジル、いちご、・・・


まあしかし、こんなにも畑があるとあっちが終わったらこっち、こっちが済んだと思ったらあっち・・・

と息つく暇もない感じである。

が、しかし、いいんである。

どうでもいいんである。

考えないんである。

私の3年の集大成をここ一番お目にかけようってなもんだす。


畑仕事は大地とそして空との間で営まれ、

「僕はこの島の天地で3年も生かされて来たんだ。」と実質的に思える。


あっという間に走り抜けたなあ。

過去なんてそんなもんだ。
今とこれからを生きよう。

宇宙で我は唯ひとり。

雨は天より大地に降りて

 

昨日は早朝から土砂崩れ災害派遣で土方作業。

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なんか光ってるね。

ひと仕事終えてたらふく栄養補給できたなあ!なんつって喜んだりして(^^♪

しかしMy作農計画が追いついてないので、今朝は早朝から畑仕事。

雨が降り出したので家に帰る。

ちょいと裏山へ行ってみると、

「な~んだ、ウチの裏も土砂崩れやんか!」

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ってなことが判明して、午後からまた土方仕事。スコップ一丁で適当にあしらっといて、

(いやあ!こんなことしてる場合じゃないんだなあ・・・畑もやらないと追いつかないっつーの^^;)

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ほんとは土嚢を並べておくのが上等なんでしょうが、今はそんな余裕はない。すずらんも「ほぉー、ようやった」とほめてくれてるようだからとりあえずこれでええねん。

 

こうやって何だか知らないが大忙しのめ~にちで、金にならない忙しさ、っていうやつは、これ島暮らし始まって以来ずーっと今もってあるんだなあ。

もうそろそろ転換期でしょう。

しかし、そんな島暮らしはお金では学べない大いなる学びもかなり多く、

それがただそれこそがこの島暮らしの大きな得、醍醐味であったのです。

本来無一物無為自然という大きな山の頂に

一歩一歩でも近づけることはお金にも何にも代えがたい

中途半端な幸せよりずーっと喜ばしいエクスタシーでしょう。

「彼を去りて此れを取る」というやつである。

 

地球上に生きる以上、肉体は大地に生まれ大地に生き大地に還るのは自然の道理。

母なる大地、土と戯れる機会をもっと大事にありがたく思えたら天に飛翔するほどの魂の高揚感を味わえるってものである。

 

 

幸福の旅立ち

とうとう2匹の子ヤギの出荷・・・いや、もとい!出立の日が来ました。

 

行く先は、井原市芳井町です。

芳井のM氏がいろんな構想を胸にちゃんと子ヤギ達の名前も考えネームプレートまで作って引き取りに来られました。

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「こう」と「ふく」で「幸福」ってわけです^^

 

芳井はすでに地域おこし協力隊員ワッキーのところでメスの子ヤギを飼っているので、

ヤギ仲間が増えて耕作放棄地もきれいになり地域の話題にもなり何かしら活性化の足掛かりになるんでありましょう。

おじいちゃんおばあちゃん子供たちにかわいがられて幸福なヤギ生?を完うすることでしょう^^

 

芳井町といえば、我がお父上の生まれ故郷でもありまして、不思議な縁を感じますなあ。

 

最後にたーんとおっぱいを吸わせてやって、母子のお別れであります。

4月8日に産まれて56日。もう乳離れの時でもあります。

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子ヤギの方は2匹なので車に乗ってしまえば鳴くことはないですが、

すずらんの方は2匹とも子ヤギがいなくなってしまって(というか、たぶん一匹だけ取り残されてしまって)情けない声で悲しそうに鳴いている^^;

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しかし、子ヤギ達を乗せた車が行ってしまうとすっかり鳴き止んで黙々と草を食む。

4歳にもなって子育て経験も達者になるとある種の諦観を得るようである。

 

一応寂しいだろうと思って、フジイくんを山から下ろしてくる。

久々の再会である。

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が、別に感動の対面ということもなく、すずらんの方はとりあえず鳴いているが、

フジイくんときたら、ここでもやはり鳴かない!

ちょっとだけすずらんの声に応えようとしたのか、

「ムウ~」

と軽いうめき声のようなものを発しただけである。

う~ん、男らしい!・・・ヤギであることを忘れてしまっているのか?!

 

山ん中で一匹でひたすら開墾?に明け暮れていれば、鳴くことも忘れ、しまいにはヤギであることをも忘れてしまうのか?!

 

そのフジイくんの開墾業績は目を見張るものがあります!

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そしてこのフジイくんの開墾地の上の方からの景色ときたら、またなんとも麗しく時空を超えてしまうかのような景色が拝めるのです。

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その昔北木島の山のほとんどが畑だった頃、というのはとてもロマンティックな場所だったろうなあ、と思う・・・しかし、そんな当時はみんな働きづめに働いていたろうから、あんまりロマンティックでもなかったかもなあ・・・

これからの時代はロマンティックにできるかもしれんなあ・・・

 

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稲の成長も順調です(^^♪

 

 

 

 

 

Deep underground paradise への道

北木島がピースアイランドである所以のひとつをご紹介しましょう。

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このような高尚な読み物を月間購読されている方が存在しており、

それを私に貸してくださる、ということであります。


人間学を学ぶ月刊誌「致知」。


毎月意義深いテーマに則して現代日本の第一線で生きる賢者の皆さんの対談やら随筆が満載の読み物です。

今回4月号、6月号をお借りして、

毎回感動を禁じ得ないで、

爪の垢でも煎じて飲ませていただきたいくらい立派な方々がいるんだなあと改めて教えていただき、身の引き締まる思いがするわけであります。


今回お借りした中でとても感じ入ったお話しがあったので、

もうやむにやまれずブログに書いてしまっちゃうわけです。


武家の祖母から学んだ人生訓」と題して、

水戸徳川家の流れを汲む松平家の末梢「松平洋史子」さんと米沢藩士の末梢「石川真理子」さんとの対談。お2人とも厳格で寛容で不動心の武家の祖母から高度な人間学を学んだ方です。


松平さんなどは、「本当は人様の前でこういうお話をするのは禁じられているんです。松平家の美学なのね。」とおっしゃり、

祖母、母と時代の流れで時代の要求もあってか、次第にこういうお話を本に書いたりするようになった、と言う。


このお2人の対談の内容がすさまじく美しく気高く凛々しく、「武士道」のなんたるかを女性目線で語られているところが実に感じ入るわけであります。


21世紀は女性の時代!その女性の見本が世界で最も歴史ある日本において、地球上で最高レベルクラスに洗練され華開いていた、という事実がここに明かされている!といっても過言ではないでしょう。


現時点で残念なことは、こんなに素晴らしい教育が特に戦後から全くどこでも誰によってもほとんどなされていない、という事実です。


もうそろそろ敗戦国日本、極悪非道の帝国日本という偏ったマイナスイメージで卑屈に自虐的であるのをやめにしなければいけない時代でしょう。

 

実は世界が真の世界平和をリードする「日本」を待ち望んでいます。


歴史の流れを奥深く精査すれば、光り輝く真実が浮かび上がってきます。


誰もそう感じない、なし崩し的にあたかも自然にそうなっているかのような洗脳教育ほど恐ろしいものはないです。


なぜそんなことが世にはびこったか!?


それはひとりひとりの自覚が足りない、

「平和ボケ」という言葉がありますが、

まさに飼い殺し、経済優先、物質優先で一番重要で大切な「人間とは何か?」「自分とは何か?」

という疑問、自問自答を起こさせない社会に仕組まれ仕込まれてしまったからでしょう。

 

石川真理子さんには「女子の武士道」などいくつか著書があるようです。

 

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昔の日本人はやはり立派だったと改めて思います。

それを古臭いと言うなら、なぜ自分はこの世に生まれて生きていられるのか?

じっくり考えなおした方がいいでしょう。

ただの知識とか口八丁手八丁、世渡り上手、目立ったもの勝ちみたいな人が地位を得るような時代にあっては、

心とか感性とか品格とか情緒などというものは、まったく過去の遺物のように見られるのかもしれません。


しかし、今の時代がまともな時代と言えるでしょうか?

 

だから、僕は時代に反逆してでも早死にしてでも己の信じる道を突き進む人でありたいし、そうなれなくてもそれを目標に少しでも近づきたい。

 

とにかく、

龍治さん素晴らしい本をありがとうございます!

 

Deep underground paradise ~未来に蒔く種~

人の数だけ天地がある。


様々な鳥の鳴き声しか聞こえない静かな畑でひとり野良仕事をしていると、

時代錯誤、あるいは隠遁生活、はたまた時代に反逆するアナーキー的爽快感・・・

みたいなものを感じると同時に、

天地に我1人というふつふつと湧く歓喜にも気づく。


「ホ~~ホケキョ♪」


ウグイスの声に耳を澄ませば、ウグイスらしからぬお座敷小唄のような音階が聞こえる。

よく聞けば気持ちよく畑仕事をしているおっさんのご機嫌な口笛であった。


こんなのどかな光景こそお金以上の価値がある。

 

一面の緑、青い海、青い空、満天の星、鳥の声、波の音、風の音、ヤギの声・・・


五感に触れるものすべてが自然であると、


人といふのは自然に人本来の野性を取り戻すようである。


おまけに定まった収入もないのに、

いざとなれば何かしら収入になる案件が降って湧いてくる、

というはなはだ現実離れしたメルヘンな境遇に至ると、


夢が幻想なのか、現実が幻想なのか・・・


という疑問など通り越して、


世の中の一喜一憂などすべて砂上の楼閣、蜃気楼のように見えてくる。


しまいにはあれこれ頭で考えることさえナンセンスに思えてくる。

 

結局人生は幻、同じ幻を生きるなら夢を現実に生きたほうがいいに決まってる。


という解答が導き出される。

 


島で今年になって借りた畑は全部合わせると一反半くらいはあるだろうか。

それらが5か所ほどに散在する。

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↑昨年に引き続き米(陸稲)を蒔いた。

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↑新たに借りた畑。米を蒔いた。

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↑新たに借りた畑。米を蒔いた。

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↑新たに借りた畑。ゴマを蒔いた。さつまいもも植える。

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↑新たに借りた畑。ササゲを植えた。ゴマを蒔いた。キビ、アワを蒔く予定。

 


ウチの畑も2か所合わせれば一反くらいはあるだろうから、

全部で2反半。


これらの畑の一部に昨年採れた米を種籾にして植えた。

うまく育てば昨年の約3倍(といっても3升ほど)は収穫できるはずである。

 

あれもこれもやりながらこれら散在する畑の世話もするのは、

正直大変ではあるが

今年は今までに増していろいろ作ってみたいという欲求がある。

そんなタイミングで畑を貸してくださる方が出てきた。


高齢で畑をやめる方が増えている。


人口が毎年30~40人減少し、高齢化率70歳以上という少子高齢過疎化の進む北木島で、

今後耕作放棄地は増える一方である。


荒れ地になるのは放っておけばすぐになる。

荒れ地を元の畑に戻すのは労力が余計に必要だ。


畑をやめるから代わりに使ってくれ、と言われればなるべくなんとかしたいと思う。

おいしい野菜がたくさん作られていた畑がただほったらかしの荒れ地になるのは見るに忍びない。


なんとかしたいが、1人ではやはり限界がある。

 

Deep underground paradiseの創造を目論む人は結構世の中にいると思う。

そのうちの1人でも2人でも北木島に来て

さびれゆく過疎の波の防波堤となり、

新次元への橋頭保を築こうという志を華やかに咲かせる舞台にしてもらえたら、

ここが宝島であることを世に示すことにもなるだろう。

 

 

Deep underground paradise ~島々の唄~

先日S島へ連れて行っていただいた際、凄いモノをいただいてしまいました!


乗れもしないシーカヤック!!

 

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・・・正確には一度乗ったがイマイチだった^^;要練習だす!


Cくんありがとうございます!!


そして、いつもいろいろとよくしてくださるSちゃんありがとうございます!


本当にかたじけなくもありがたく、素晴らしく美しい夕日を見ながら、


(感謝のしるしにS島の歌を作らなくっちゃ!)


と観じたものです。

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島はそれぞれの個性がありそれぞれの良さ、魅力があって


実にこれからの時代の鑑となり得る。


それぞれがある種の桃源郷を連想させる。


型にはまったような街にはない時空がここにはある。

 

 

 

そーいえば!「ゲストハウス白石」が白石島に近日OPENするそうです!

外国人や日本人の旅人がわんさか来ることでしょう(^^♪